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ネタバレ考察『千と千尋の神隠し』は名の大切さと社会構造批判

2019年08月17日
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2019.8.16テレビで再放送がありました。

日本の映画興行収入1位
(2位はタイタニック、3位はアナと雪の女王、4位に君の名は。で300億を唯一超えるダントツ1位)

 

◎千と千尋の神隠しのヒットの秘密

なぜここまでほどの大人気になったのか?

それは、僕は映画のヒットの特性を多く含んでいるからだと感じた。

「ファンタジー(迷宮)」

「男女の恋物語」

「成長ストーリー」

「豊富なキャラクター」

「静と動のギャップ」

 

しかし、最大の謎が見終わった後の「不思議な違和感」「心の引っかかり」である。

この映画には、監督宮崎駿は多くの「テーマ」や「メッセージ」を観客に伝えようとしているのを感じました。

ただ、このメッセージが伝わっていなければ、謎なままであって「よく分からない映画」になってしまうところが難点。

 

なぜ、ここまで何回で複雑な内容にしたのかはこれから後に記していきたいと思います。

 

◎名前を大切に

タイトルにもあるように、この映画の表向きにも最大のテーマやメッセージは、「名前を大切にすること」である。

これは自分の名前はもちろんのこと、知り合った人の名前、場所や地名の名前。

それらには必ず名付けた人がいて名付けた大切な意味が込められているのだと。

僕も親に名付けられ、2人の子どもに真剣に考えて名を与えたので、思い深いものがあります。

 

「千と千尋」のタイトルにあるように、千尋はこの不思議な世界に入って支配者である湯婆婆に本当の名前を取られて、「千」となり本物の名前を忘れかける。
※しかし、完全に支配されない理由は後に示す

「ハク」ももともとは「小白川」、本名は饒速水小白主(ニギハヤミコハクヌシ)であり、名前を思い出すことで我を取り戻す。
※流れが速い川であるが、千尋がおぼれたときに流れを変えて浅瀬に運んで助けた
※川の神であったが建物の建設でこの湯屋に来て、湯婆婆の下で働くようになった

 

「名前」と言うのは、アイデンティティであって、個性であって、名付けた人の大切な愛が込められているもので、「自分の生まれた意味」を考える大切なものなのです。

この「湯屋で働く人は」みな、名前を取られて、我を忘れて組織のため、お客さんのために働くだけのコマとなってしまっているのです。
お金のために、生きるために、組織で働くために、「本当は自分は誰で、何をしたい人か」を忘れてしまっているのです。

 

名前を取られるとは「洗脳」です。
※魔法は洗脳の一種

これが、次の裏の伝えたかった「本当のメッセージ」に繋がります。

※千尋は自分の苗字の漢字を書き間違えたので完全には支配されなかったのです
(「荻野」の「火」を「犬」と間違う)

 

◎現代社会の組織構造批判

生きるためにはお金が必要で、そのためには働く仕事が必要で、そのために組織やお客さんのために身を削って働くしかない。

まさに今の資本主義社会構造の本質を描いているのです。

 

この湯屋には、異常なまでの過剰な演出として描かれています。

・支配者と契約を交わして、嫌だとか帰りたいと言えばすぐ子豚にされる

・お客様はここではある意味の「神様」として、最大のおもてなしを与える

・お金を持っているものは傲慢に、お金をくれるなら最大限に尽くす

まさに現代社会の組織社会、搾取、ブラック企業、社畜を表しているのです。

※本当の支配には銭婆が持つ「契約の判子」が必要だから、ハクを使って奪おうとしているが反逆にあっている

 

◎カオナシの存在こそ社会の特質

カオナシこそこの社会の被害者、かつ傲慢者としてインパクトあるキャラクターで登場しています。

「顔無し」=自分が誰で何をしたいかが無い人

途中で電車に乗るシーンがありますが、そこに乗る人は影が薄く沈んでいます。
まさに、現代社会のレールから外れた人(実際には電車に乗っている)を皮肉にも表しています。

 

最初は社会構造から、はみ出して影薄い存在であったが、この社会構造で生きる術に気付きます。

それが、「金」と「人」です。

資本主義の基本は「ヒトモノカネ」と言いますが、まさにそれを得た人がこの世界では最強なんです。

しかし、それを得たものは「自分の欲」を示し、傲慢になってしまうのです。

 

そこで有り得ない仕打ちが与えられるのです。

そう、千尋のカネやモノを拒否する態度。

自分第一主義で、カネやモノで全てが思い通りになっていたのに、それを完全否定されて暴れ出すのです。

 

そう、「お金だけが全てではない」

「愛だよ、愛」

本当に大切なのは、お互いの信頼関係と、価値の提供なんですよね。

 

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◎湯婆婆と銭婆の二面性

「あたしたち二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ」

 

湯婆婆=「人の欲」

銭婆=「人の良心」

を表していると思われます。

この両者は時に使い分けますが、反発し合います。

ハクは本当は優しい心の持ち主ですが、湯婆婆に従うため、どこか冷めていて冷徹で効率的で傲慢な場面があります。

 

お金を取るか、人情を取るかは現代社会では葛藤する場面が多いです。

お金を取ってまで悪いことを突き通す社会に体裁を下しているのかもしれませんね。

欲や快適、効率、便利、を追い求める社会ではダメなんです。

 

電車に乗って、途中の駅で降りると銭婆の家に行けます。
※帰りは無く、終点まで行けば、この世の終点でしょう

 

銭婆は手作りで千尋の髪留めを作り手渡すが、心を込めて作ったものじゃないと意味が伝わらないのと言う感じで、現在の大量生産大量消費の社会の否定もしています。

これは後にこの世界から出ると形跡や記憶が消えてしまうが、この髪留めだけは形となって残っているのですね。

 

◎細かなメッセージ

他にも、細かな伝えたいメッセージを感じました。

川の主の汚れの原因が大量のゴミだったり、

自分の子どもは甘やかしていたり、
(外の世界や自分で動くことで、立てるようになる)

欲望にまみれるとブタにされたり、

縁の下の力持ちと働きススの存在だったり、

 

最大の表現は最後の、ブタの中の両親と世界を抜けるトンネルです。

沢山のブタの中から両親は?と問われるが、洗脳が解けた千尋はこの中にはいないと答えます。

?と思うが、「この中にブタとなった両親がいるだろう」という思い込みこそが洗脳で、視聴者も実は洗脳されていますよという暗示なのかもしれません。

両親は実はもう魔法が解け、ブタではなかったのですね。

 

行きのトンネルは赤みがかった奇妙な雰囲気であったが、帰りは普通の石造りでした。

これはこの世界に入るときにはもうすでに洗脳されているという暗示ですね。

洗脳が解ければ、ただのトンネルで、見る目が違うとものの見え方も換わるのです。

 

 

 

なぜ、こんなにもまどろっこしい形でメッセージを伝えるのか。

読み取れなかったら、ただの違和感と謎にしか思えない。

 

この映画の作品こそ、批判している社会構造の中に存在するのです。

だから、おおっぴろげにメッセージを表現しては映画として成り立たないのですね。

 

宮崎駿は昔からこういう作風を好みます。

ナウシカなんかは分かりやすいですが、トトロにしても、ハウルにしても、ポニョにしても、奥深いメッセージが隠されていて、それを読み取るのも視聴者としての趣向なのかもしれませんね。

 

 

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