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〜運動と健康の理論的な研究~

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マラソンはタイムと言う分かりやすい指標が持つ究極のスポーツ競技

2018年11月29日
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たくさんの知り合いランナーの神戸、福知山、大阪のマラソンを見てて、やっぱりマラソンというのは、いい意味でも悪い意味でも、しっかりとストレートにその人の能力を「タイム」と言う結果として引き出す競技なんだなーと感じました。
 

aumod / Pixabay

◎マラソンはやってきたことが分かりやすく結果出る競技

 
これまでにやっていたことが、ちゃんとタイムと言う結果として現れる。
 
真剣に練習していた人はやっぱり大幅に伸びるし、怪我や不調で練習を積めなかったらそれなりの結果やし、自分の現在の実力に合わないペースで突っ込むと後半撃沈するし、余裕があるペースで入れば後半上げることも出来ます。
 
 
僕も実際5キロは20分切れるけど、いくら5キロだけならキロ4分で走れても、サブスリー出来るというものではないです。
 
そこがマラソンの単純ではない難しさ、奥深さ。
 
 
マラソンと言うのは42キロ同じペースをしっかり維持し、最後の最後まで粘って大崩れ無く走りぬく競技です。
 
少し自分の能力より突っ込んで入ったら、その洗礼を受けて後半はしっかりビルドダウンするし、
 
だからといって、抑え目のペースで入っても、後半にペースを上げるのにはこれまた限界があるし、これまでのペースに引きずられる。
 
前半20キロをキロ5で走っていて、後半でキロ5で維持して走るためには感覚的にはさらにスピードを上げているイメージなのです。
 
実際には心拍数も呼吸量も筋出力も上がっています。
 
 
これは長時間の継続運動で次第に筋肉中のグリコーゲンを消費し、枯渇してきて残りを振り絞ってエネルギーに変えているからである
 
 

◎「タイム」と言う分かりやすい指標

 
そして、マラソンと言うのは「タイム」と言う分かりやすい比較指標があるため、これを前提としてこのタイムをもとに話を展開することが多い競技でもあります。
 
同じくらいのタイムなら走力が近く、タイム差があるなら実力が違うことは一目で分かる。
比較がしやすい競技なのです。
 
 
でも、例えばよくある話で、3時間前半の人が3時間半で悔しがってて、それを4時間前後の人が「充分速い~」と言うても、それはまた本人にとっては別の話ですね。
 
逆に3時間半でもがいてる人にサブスリー前後の人が、もっと行けるって~って言うのはまた違うんです。
これは僕も過去にずっと言われていました。
 
 
サブスリーしている人と、サブ3.5の人と、サブフォーの人と、これはたった30分の差ですが、キロ換算でたった15秒の差ですが、かなり世界や感覚の差があることは分かると思います。
 
そもそもサブファイブ、サブフォー出来ることすら、一般の人やランニング始めたばかりの人からしたら凄いことなんですね。
 
周り速い人多すぎて、感覚がマヒしているのかもしれません。
 

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◎タイムを縮めると言うのが最大の目標

 
その人にはその人にとっての、1分や5分タイムを縮めるのに、どれだけの努力が必要なのか自分で分かってると思います。
 
かなりストイックに練習して、大幅に記録が伸びることもありますが、あれだけ頑張って走りまくったのになんで1分しか!ってこともあるのです。
 
 
ここには走ることには絶対に避けられない基本があり、そして、それぞれの人に合った練習法と言うのが存在しています。
 
間違った練習法や基本をちゃんとしないと結果は付いてきません。
 
基本と言うのは、過去の人たちがこれまで切磋琢磨して考えられた、絶対に欠かしてはならない誰もが必須なことなんです。
 
 
そもそも、走力と言うのは大幅に上がったり落ちたりしません。
 
自分の実力に合った走力と言うのはある程度固定されているのです
 
 
3時間前半の人がサブフォーのペースで余裕を持って走れば、最後までイーブンペースで行けるし、脚もそんなに痛くなることないですね。
 
でも、逆にサブフォーギリギリの人が、頑張ってサブフォーペースで走ったら後半ペースが落ちて、足が限界に痛くなるのはよくあることです。
 
 
 
誰もが最初は同じスタート地点であって、ランニングを始めたばかりの人は、練習もそんなに詰めていなければ、後半膝痛くて走られへーんってなってるのは、そら走りきるための練習してないからやろって思います。
 
 
もっと大きな世界を言ってみれば、トップランナーはサブスリーとかいうレベルじゃなくて、2時間前半で走る人も世の中にはいるわけなんですよね。
 
でも、別にそこと勝負するために走ってる訳では無いし、同じ競技をしているからと言って、自分が遅いからと言って悔やむスポーツでもない。
 
 

◎ランナーは何のために走るのか

 
ランナーはそれぞれの自分の作った世界の中で闘ってるし、楽しんでいるんですよね。
 
そこにたまたま同じ境遇の近い実力を持ったランナー仲間がいれば、お互い刺激し合って切磋琢磨できる。
 
 
「マラソンは一人だけど一人じゃない」
 
「マラソンはチーム競技」
 
という捉え方もあります。
 
刺激しあえる仲間もいるけど、別にトップランナーのように人と真剣に競ってるわけでもないと内心は思っています。
 
 
でも、
 
だからこそ、
 
この目指したタイムを、指標となる「タイム」と言うものが存在するからこそ、
 
タイムを出すことがどれだけ大変かわかってる世界にいるからこそ
 
 
人はマラソンのタイムにこだわり、
 
ものすごく単純に、でも複雑に、一喜一憂するのだと思います。
 
 
マラソンと言うのは、ただ走るだけ、長い距離を走り続けるだけ、と言う究極のスポーツ、競技です。
 
こんなスポーツは他にはなく、かなり特異的。
 
 
だからこそ、単純で分かりやすい中にも、奥深く、究極の協議、スポーツであると僕は思います。

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