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阪神淡路大震災の中で生きた真実④(被災者が語り継ぐ体験記ブログ)

2019年01月19日
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第1~3話の続きです。

第1話はこちらから

阪神淡路大震災の中で生きた真実①(被災者が語り継ぐ体験記ブログ)

 

◎被災した街、神戸を離れることで忘れる

 
震災から1週間が経ってようやく電話が繋がった。
 
尼崎にいた母親の姉家族は心底心配していたらしく、泣きじゃくりながら母親が電話していたのを覚えている。
 
 
1月中は家で何とか過ごしていたが、僕らの学校は3月までは受験生の対応でも慌ただしく、1、2年生は4月まで自宅待機となった。
 
そうして、母の姉家族と話し合いの上、家族みんなで数カ月だけ塚口のその家にお世話になることになった
 
 
ただ、まだ電車もバスも車も一切通れない交通状況やったから、神戸から尼崎の塚口まで18kmを2時間かけて家族4人で自転車で向かった。
 
あの無残な阪神高速の倒壊を生目で見て、家族全員で唖然として見たり、神戸を超えて芦屋も西宮も状況はそんなに変わらず、酷い被害の中を何とか道を探しか彷徨いながら、西宮北口まで来た。
 
ここでは大規模なビルの解体や線路の復旧作業がされていたので、今でも鮮明に覚えている。
 
こんな風に被害を受けた町はたくさんの人の手で少しずつ、ほんの少しずつでも復旧していったんだ。
 
 
そして、塚口になんとか着いた。その家には母親の姉のおばさん、おじさん、その子どものいとこ3人、そしておばあちゃんが住んでいた。
 
家は立派な豪邸で、1部屋空いてるからと僕ら4人家族に数カ月だけ貸してあげるということになった。
 
そこで、俺たち兄弟は小学校、中学校は4月までは開校できないかもしれないということで、塚口の学校にいとこと一緒に通うかって話にもなった。
でも、いろいろあって4月には何とか開校になってなくなったけど、そこの家にしばらく住ませてもらうことになった。
 
 
その時にちょうど家のマンションは半壊と判断され、一部修理改装されることになった。
今ですら聞いたことないけど、当然当時は地震保険とかなかったし、いろいろどうしたんだろうと疑問は残ったままだ。
 
 
その家での暮らしはとても有難かった、裕福だった、なんでもあった。
昨日までのあの生活が急に一転した。
 
寒ければ部屋を暖めてくれ、温かいお茶を飲めて、炊き立てのご飯とみそ汁と焼かれたお肉が食べられる。
トイレに行って水がめっちゃ流れて感動し、大きな温かいお風呂に何分も浸かった。
 
学校にも行かなかったので、いとこのお兄ちゃんがやってたゲームに毎日、釘付けになった。
 
 
その家に住んでから、正直、震災のことなんて、すっかりと忘れていたのかもしれない。
いや、忘れようと考えないようにずっとしていた。そんな日がずっと続けとさえ思えた。
 
 
 

◎また神戸での新たな生活が始まった

 
それから2ヶ月ほどして4月から学校が再開するということで神戸の家に帰った。
電車もなんとか開通しており、神戸の街は少し復旧していた。
 
水もガスも出る。テレビだって普通に見れた。
 
でも、学校の校舎はまだそのままだった。
なんの手もつけられないまま、今にも崩れそうな空襲にあった跡みたい
 
校長から話があった。
この学校で亡くなった人は100人近くいたと。
その中にも知っているあいつも、あいつも、あの時話したあの子も。
 
実は東灘区が一番死者が多く、それも一番被害が大きかった地域(魚崎~深江間の2号線南部)が中心の校区だったこの学校。
 
 
少し離れて暮らしていたからか、忘れかけていた記憶が蘇った。
思った以上に、震災の傷跡は大きかった。
神戸はまだまだ全然変わっていなかった。
 
 
しばらく、近くの潰れていなかった神戸商船大学の一部の教室を借りて、見慣れない校舎に通って見慣れない窓からの風景を見て、授業が続いた。
 
夏になって、元の校舎が取り壊されることになって、そのグラウンドに新しく作られた仮設校舎で授業を受けることとなった。
 
それから3年の卒業まで、新しい校舎が出来ることもなく、ずっと仮設の校舎やった記憶しかない。
 
 
そこからか、地元の友達も家族も親戚も、みんな震災の話を口にすることは一切なかった。
耳にするのは目にするのは、いつもニュースだった。
 
なんで、そんなことをまた改めてするのか、俺らにそんなこと思い出させないでくれとさえ思っていた。
 
 
ずっと、ずっと。1月17日が来るのが怖かった。。。。
 
最終話に続く。
 

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阪神淡路大震災の中で生きた真実⑤最終話(被災者が語り継ぐ体験記ブログ)

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