あの街を生きていた~阪神大震災を神戸で生きた軌跡 『第二章』
2025年01月17日
◎第二章 神戸の街は周りから取り残された
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1981年1月17日の午前7時過ぎ。日の出の時間が過ぎ、とてつもなく長く感じられた夜明けが訪れてきた。明けない夜はないといわれるが、真っ暗闇で起こった悲惨な惨事にも、時間が経てばそれが現実となって目に見えてくる一日の始まりは、人の生きている時間の流れと共に、いつもと同じように等しく時間は流れていた。
「明るくなってきたしリビングに行ってみようか」
そう父の正樹は母の富子と息子たち2人に言って、リビングの方によろよろと歩いて行った。リビングは10畳の広さに南側にガラスのスライド戸があり、7階建てのマンションの最上階7階から見渡せる景色は目の前に海が広がっている。
「お母さん、僕たちも行ってみよう」
鉄平は後を続き、富子を連れて後に続いた。
リビングには南側のガラス戸の右奥には縦に高いテレビ台があり、上には色んな雑貨のいコレクションが並んでいたが、ガラス戸が割れ、無数に散らばっていた。
更にその横にはリビング用の引き棚があり、その上にも色んな置物があったが、正樹の寝ていたかけ布団の上に散らばっていた。
そして、一番ひどかったのが更にその右側にある食器棚だった。まだ南側から微かに太陽の光がさす部屋の中では、その散々さはまだその全貌は見えていなかった。
リビングと台所の間には1mほどの幅30㎝程の棚があり、いわゆるキッチンカウンター風になっており、その棚に沿うようにリビングの台所側の端には一畳くらいの木製のテーブルが置いてあった。当然その上にあった残った食器類や置物はこけたり、下に落ちたりしていた。
勇人は自分の寝ていた布団は怖くて、横の鉄平が寝ていた布団にかけ布団に丸まって、震えて包まったままだった。
鉄平以上に地震の恐怖を肌で感じ、足を膝を痛めていた勇人は、その場から全く動けずにいた。僕以上に恐ろしい体験、感情の恐怖で襲われているんだなと鉄平は思った。
「ここもえらいことになってるな」
正樹が言ったリビングは、布団の足元にはその手前にあるテレビ棚に乗っていた小物が散乱しており、右横の食器棚からは割れた戸棚のガラスと食器類が散乱していた。
「足元に気を付けて、、、」
正樹が鉄平と富子をゆっくり歩かせ、布団の上に散らばった小物を片付けだした。
「これ、どれだけ片付ければ終わるの?」
鉄平がふと疑問に思った、足元の先には無数の散乱物が散らばっていた。
「とりあえず、みんなで手分けして片付けるしかないわね」
富子がそう言うと、正樹のそばにより一緒に片づけをし始めた。
「こんなにものがあったんだ」
鉄平が言うと富子は、
「お父さんと一緒に言った旅行でいろいろ買ってきたおみお土産よ」
底には色んな日本の地方で買ってきたと思われる骨董品からキーホルダーに小さな人形が布団の上に散らばっていた。
鉄平は、こんな藻の散乱したらタダのガラクタになるんだなと思ったが富子には言えなかった。
布団の上をようやく片付け、今度は台所にもっと散乱した食器類を片付けに行こうと正樹が立ち上がり向かって行った。
「なんじゃこりゃ!水槽がばらばらやん!」
台所からリビングの間にあるカウンターキッチンのような少し高い置台に、ガラスの水槽が置いてあった。
そこには去年の夏に祭りで鉄平と勇人が金魚すくいで大量にすくった金魚たちが入っていた。金魚はその日に12匹ビニールの袋に持って家に帰って、帰りに買ったその水槽に水を入れて買っていたが、1日で2匹、1週間で3匹、1か月で5匹と死んでしまい、残りの5匹がいつも元気に水槽の中で泳いでいた。
しかし、その水槽が先ほどの地震で揺れて、台所のシンク側に落ちてバラバラに割れて、水もない状態になっていた。金魚はそのシンクに落ちており、水もないので動かない状態で転がっていた。
そこには洗い立ての食器類やガラスのコップが入った乾燥用のカゴの中で粉々に割れていた。さらにはカウンターの置き棚にあったグラス類や飲み物の瓶などがシンク側に落ちて散乱していた。
「これも片付けるのは朝までかかるかもな…」
正樹がまだリビングにいた富子につぶやくように言った。
「冷蔵庫の中を開けるのが怖いな…」
正樹は冷蔵庫を開けるのをためらい、シンクの中から片付け始めた。
冷蔵庫はもちろん、電子レンジもトースターも湯沸かしポットも、そして料理のためqに必要なガスも地震の影響で当然、その時はつかなかったが考える余地も考えが回らなくて、電気、ガス、水道が全く使えない事態にまだ気付かないでいた。
「テレビをつけてみる?」
富子がそう言って、リビングの布団の奥にあるテレビ台に置いてあるテレビの主電源のスイッチを押してみた。
しかし、テレビは黒い何も映らない画面のまま何の反応もなかった。
震度7の地震で神戸の街の民家はほとんどが、激しい揺れで電柱などが倒壊した影響で電線が至る所で断裂し、停電していた。
テレビがつかない。ラジオは持っていない。1995年当時は、まだ携帯電話やパソコンが各家庭にない。つまり、家のなあにいると、外界の情報が何も入ってこない。だから、その時神戸で何が起こったのかまだ家族四人は知らないままだった。
「テレビつかないみたい」
「停電してるんやろ。あんな揺れやし、近くの電線が切れてるのかもな。
正樹は冷静に答えたが、富子は不安な表情をした。
「これいつ復旧するのかな?そういえば電気がつかないなら、全部つかないの?」
「さっき、リビングの電気のスイッチを入れてみたけどつかなかった」
両親の会話に鉄平が気になって聞いてみた。
「じゃあ冷蔵庫は?」
「ん?まだ見てない。当然消えてるやろな」
勇人がすたすた歩いて行って、冷蔵庫を開けようと手を伸ばした。
「牛乳は?」
冷蔵庫の扉を勢いよく明けた扉の中は、いつもつくはずの明かりがなく真っ暗なままで、冷たい冷気も感じられなかった。勇人は牛乳のパックを取り出し、反対側の台所のシンクからコップを取ろうと思うと。
「洗い場がグチャグチャや!」
正樹がその声に気が付き、声を張り上げた。
「勇人!台所に近づくな!ガラスの破片が落ちてるから足を怪我するぞ!」
「ごめん、牛乳が取りたくて、でも飲むコップがない…」
勇人は正樹に言われて、牛乳を諦めすぐにリビングに戻っていった。
「まずはこのリビングを片付けよう」
正樹がそう言うとリビングに集まった3人も黙ってうだずき片づけを始めた。
片づけを始めたその時だった。
午前7時30分過ぎ、再び家の中がカタカタと鳴り揺れ始めた。
「勇人!」
富子は慌てて立ち上がった勇人を腰から抱きしめ力強く抱きしめた。
「また揺れてる!どうなるの?」
鉄平がそういうと正樹は冷静に、
「落ち着け、余震だ、さっきよりは弱い、じっとしてよう」
数秒すると揺れはおさまり、勇人と富子は抱き合ったままで、鉄平はうつぶせて震えていた。正樹が鉄平の背中に手をやり、ゆっくりとさすってやった。
「まだ余震は続くかもな…」
正樹がそう言って、リビングの片づけをまた再開した。
「そう言えば、もうすぐ会社に行かんとあかん時間や」
正樹が片づけをしていた手を止め立ち上がって、カウンターキッチンの棚の端に置いてあった電話機の受話器に手をかけた。
「・・・」
受話器を耳に当てると、ツーツーツーと言う繋がらない時の音さえしない。
「あかんわ、電話も多分、切れてる…」
「じゃあ、どこにも連絡できないってこと?」
富子が疑問に思うと、正樹は思い出したように答えた。
「そうや、学校はどうなってるんや、鉄平と勇人の」
鉄平は中学一年生で済んでいる青木の東側にある本庄中学校に通っている中学1年生だった。そして、勇人はその中学校の横に併設されている本庄小学校の小学5年生だった。
正樹は神戸市の中心街にある三宮付近の洋服店で働いていた。
「会社も営業するか分からないし、学校も今日あるかも想像つかない」
正樹がそういうと、鉄平はやっと落ち着いてきて思い出したように話した。
「確かに、いつもならもうすぐ起きて朝ご飯を食べ始める時間やんね」
「そうよね、8時にはマンションの下に集まらないといけないからね」
富子が小学校の集団登校で同じマンションの小学生が集まる時間を答えた。
「とりあえず、朝ご飯を食べましょう」
富子が台所に向かい、朝食用の食パンを取り出した。
「トースターも当然使えないのよねー、電子レンジも」
鉄平も台所にやってきて、コンロの方を指さした。
「ガスは?フライパンでパンを焼いてもいいかも」
富子は台所の下の扉棚からフライパンを取り出し、ガスコンロの方に向かった。
「そうね、パンをフライパンで焼いてみるかしら。この下もぐちゃぐちゃだわ」
台所の下の棚も調理器具が入っていたが、グチャグチャに散乱していて、フライパン一つを取り出すのに富子は少し苦労したぐらいだった。
富子はフライパンをガスコンロの上に置き、コンロの奥にあるガスの元栓を開いて、コンロのつまみを回してみた。
「あら、ガスもやっぱりつかないわ…」
鉄平も同じようにやってみて、カチッと音は鳴るが、ガスの火はうんともすんとも言わずつかなかった。
「マジでつかないやん。パンはそのまま生で食べるしかないね」
「そうね、6枚あるから夜の分も考えて、1人半分ずつね。まだトマトとハムは冷蔵庫にあるから、それも食べましょ」
鉄平はうなずき冷蔵庫からトマトとハムを取り出し、割れていないプラスティックのお皿を2枚だけ取り出し、トマトとハムに分けて置いた。
「これみんなで食べよう」
リビングの方に置き、片付けていた部屋に少しだけできたスペースに皿を2枚と、パンを半分ずつちぎって、正樹と勇人に渡して、自分の分のパンを持って食べ始めた。
富子も半分にちぎった食パンを持ってリビングの方に行って、小さなスペースにチョンと座ってたパンをかじった。口にパンを含んだまま、正樹に仕事はどうするのか聞いた。
「会社はどうするの?電話も繋がらないし」
正樹は少し考えて、悩みながら答えた。
「今日は家のこともあるし、家族からも離れられないし、いったん落ち着いてから明日自転車で向かうわ。おそらく電車も止まっているだろうし」
「そうね、今日はどう考えても無理よね。鉄平と勇人は学校はどうする?」
鉄平も少し考えて答えた。
「とりあえず、これ食べたら8時に勇人と一緒にマンションの下に行ってみるよ」
「そうね、このマンションのみんながどうしてるか見てみないことにはね」
「うん、何か聞けるかもしれないし」
家族4人でリビングを少しだけ片付けたスペースの中、食パンとプチトマトとハムを食べ終わって、富子が鉄平と勇人に学校に行く服を着替えさせて、学校の荷物を持たせて玄関の方へ一緒に向かった。
玄関の扉を開けて7階の廊下に出て3人はエレベーターの方へ歩き出した。
鉄平が非常階段の方に行って、エレベーターが上がってくるのを待つ間、7階のマンションの上から見える北側の街の様子を見に行った。
そこからは、上から見た鉄平が住む青木の街の様子が見渡せた。
鉄平が目にした街の姿は、北側の43号線の国道と阪神高速道路を境に、さらにその北側の商店街の方から、黙々とどす黒い毛ミリが上がっているのが見え、その下には阪神高速道路の向こう側には真っ赤な火の手が上がっているのが見えた・・・
さらに、阪神高速道路の東側に目をやると… 地上から2階に高架となっていたはずの高速道路が、無残にも崩壊し、跡形もなくた倒れている悲惨な状況が見えた。
「これが、僕たちの住んでいる町?・・・」
そこにはいつも見慣れたはずの自分の町が赤と黒の色でくすんで見えた。
頭の中は真っ白とか、真っ黒とかもあるけど、視界から見える火の手は真っ赤で、この先どうなるのか出口のないトンネルが鉄平には途轍も長く感じた朝だった。
↓第三章へ続く
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